同じようなボタンが複数ある多機能リモコンは、使いやすいデザインといえるだろうか?

同じ形状のボタンに違う機能を割り当てて、人は直観で操作できるだろうか?

リモコンをはじめ、ケータイ電話、パソコン等、同じようなボタンが並ぶ操作機器は多い。

多機能になればなるほど、複雑な操作が要求されるため、より工夫が必要となるだろう。

工夫として、まず考えられるのは、スタンダードな操作方法を取り入れることだ。

人には慣れというものがあり、また様々な製品には代表的な操作方法というものがある。

その代表的な操作方法をふまえ、操作に一貫性を持たせることで、同じ形状のボタンに対しても操作性は多少なりとも向上するハズである 

シンプルな例を用いるため、前回と同様、 ファミリーコンピュータ(以下、ファミコン)のコントローラと操作方法を見てみよう。

famicom.jpgファミコンのコントローラは十字キーとAボタン、Bボタン、スタートボタン、セレクトボタンで構成されている。いまのゲーム機に比べ、とてもシンプルである。

ゲームに使うのは主に十字キーとAボタン、Bボタン。

十字キーは上下左右と方向を意識させるには適切なデザインであり、Aボタン、Bボタンに形状の違いは無い。

 

ファミコンが発売した当初は、A・Bボタンの割当に関しては、ゲーム制作者が任意で決められた。(正確にいえば、前例がないため、任意で決めるしかなかった)

しかし、スーパーマリオ発売以降は、アクションゲームはAボタンが『ジャンプ』だと暗黙の了解ができた。

スーパーマリオは世界一売れたゲームとしてギネスブックに登録されている。多くの人が遊んだ操作方法がスタンダードとなったのも不思議な話ではない。

また、ドラゴンクエスト等に代表されるコマンド選択式のゲームでは、Aボタンが『決定』で、Bボタンが『キャンセル』と決まっている。

AボタンとBボタンに逆の役割を与えれば、操作性が悪くなることが容易に想像がつく。

 

このように、スタンダードな操作方法を取り入れる、そして操作に一貫性を持たせることで、経験上、感覚的な対応ができるようになる。

(つづく) 

 

参考文献:誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論 (新曜社認知科学選書)

 

人に行動を促す原理を上手く利用しているもののひとつにゲームがある。

まだゲームが出たての頃は、ゲームのキャラクターは記号に近く、その記号が発する情報を元にプレイヤーが行動していた。

初期のゲームは、グラフィックもシンプルでわかりやすいため、初代スーパーマリオ(ファミコン版)を考えてみる。

出典:YouTube

①レンガブロックは破壊することができるが、それ以外のブロックは破壊できない。(※スーパーマリオ時)

②マップ上にある土管の中に入ることができる。(動画0:15)

③地下画面では屋根裏に登ることができる。(動画1:19)

④ツル(豆の木)が伸びて、そこを登ることができる。(動画2:40)

 

プレイヤーに対して、レンガは壊れるのではないか、土管にはいれるのではないかとイメージさせる。

少しのスペースが空いていれば、そこに行けるのではないかとイメージさせ、ツルが伸びればジャックと豆の木を連想させ、登れるのではないかとイメージさせる。

たとえば、これらが全く違う記号だったらどうなるだろう。

レンガブロックが鋼鉄の絵柄だったら、土管が通常の地面と同じ絵柄だったら、ツルではなく滝のように上から水が落ちる絵柄だったら...

おそらくプレイヤーは行動に移さないだろう。

これがゲームにおける謎解きや裏技的な発想の元であり、そのバランスが適度であれば、プレイヤーは発見した喜びを感じることができる。

※任天堂のゲームは、こういった謎を作るのが上手い。ゼルダの伝説でも、こういった謎掛けが多いのでアフォーダンスの視点から参考になる部分が多いと思う。

 

 ゲーム上の謎をどう匂わせるか、という部分と、操作がしやすいデザインとは一見すると内容が異なるように見えるが、説明書がなく記号やデザインでイメージさせるという部分では共通点が多い。

プレイヤーに適度な視覚情報を与え、できることとできないことを醸し出す。

これが、感覚的にわかりやすいデザインをする上で重要な点である。

(つづく)

参考文献:誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論 (新曜社認知科学選書) 

 

 

あるモノに対して、人が共通した行動をしてしまうということは多々ある。

適度な段差があれば椅子代わりに座ってしまうのもその一例だろう。

そのような経験上の行動を利用するという方法がある。

 

電車の横並びの座席には、人がキチンと座れるような工夫がしてあるのをご存知だろうか。

この工夫がされるまでは、7人掛けの席に人が5〜6人程度しか座れなかったそうだ。

以下にその方法を記載する。

 

【座席】

◯◯◯◯◯◯◯

※◯は空席、●は人が座っていると考える。

 

人は、まず一番端の席を取って座ろうとする性質があるので、まず先に埋まるのは両端の座席である。

●◯◯◯◯◯●

 

次に、人は中央あたり(▽部分)、実際は両端から離れた位置に座ろうとする。

●◯▽▽▽◯●

 

この3人目に座る人がキーポイントとなる。

つまり、この人が正確な中央を認識できれば7人掛けとなり、

●◯◯●◯◯●

逆に中途半端な位置に座れば7人座れなくなってしまう。

 

そこで、この真ん中の席の色だけ変えた。

すると、人が真ん中の席を自然と認識し、7人掛けが機能するようになったそうだ。

これだけシンプルな対策で、自然な誘導を促すので、最初に考えた方は素晴らしいと思う。

※最近の電車は豪華で4人と3人の部分に切れ目が入り、手すりのようなポールが立っていたり、一個一個の席に切れ目が入っていたり、マークがあったりする。

 

このように人の自然な動きに合わせて、デザインをすることにより、自然と本来の機能を生かすことができる。

 

ドアや引き戸の違いなども、いい例である。

ドアノブは握って回すという形状であり、引き戸の取っ手は横にスライドするのを促すデザインである。

もし、引き戸にもかかわらずドアノブが付いていれば、下記の動画のようになってしまう。

 

※3:37あたりをご覧ください。

出典:YouTube

(つづく)

 

参考文献:誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論 (新曜社認知科学選書)

 

 使いやすいデザインとは、一体どのようなものなのか?

新しい文明には、新しい製品がつきものということなので、アフォーダンスという視点から使いやすいデザインを考察してみる。

 

人間が機械に合わせて操作するよりも、機械が人間に合わせて操作できるほうが、よりスマートだろう。少子高齢化時代ならなおさらである。

しかし、家電などに多いのだが、デザイン重視で使い勝ってがボロボロという製品をいまでも目にする。

当然、そのような製品には操作ミスがつきもので、イライラ感を募らせるのだが、これがケータイ電話のような機器であればまだマシで、例えば原子力発電所のようなところに人間の操作ミスを促すような製品があったのでは、笑い事では済まされない。

使いやすさに限っていえば、直観的に使いこなせる、究極的には説明書が全くなくても操作できる製品が優秀となるだろう。 

下記のロボットの戦いをご覧ください。

出典:YouTube

 

当時は、車のハンドルでロボットを動かすという斬新なアイデアに度肝を抜かれた。

しかし、一体どうやって操作すれば良いのだろう?

下記のように比較して考えると、ハンドルは車の操作にとって解り易いデザインで、ロボットの操作には不向きなことがわかる。

①ハンドルを左にまわせば、車が左に動く。

②ハンドルを左にまわせば、ロボットが敵の攻撃を手で防ぐ(もしくはモノを掴んで投げる)

 

①のように操作(入力)と現実へのフィードバックが正しく対応していれば直観的に操作ができる。

②は、操作(入力)の動きとフィードバックがバラバラなので対応させにくい。

こういった操作系の対応がうまくいっていないケースを探すのは難しいことではない。

操作系の周りに注意書きやメモを貼っているのを見かけたら、上記の対応がうまくいっていない証拠である。

私達が自然に操作している水道の蛇口やドアノブもこのような対応を生かしたデザインを使用している。

(つづく)

参考文献:誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論 (新曜社認知科学選書)

G−tripper

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本北便りで佐藤たくまさんが、飛行機搭乗の際の放射線量を掲載されてました。

私も昨年の10月末に北海道(函館)へ出張に行った際、こっそりガイガーカウンターを持っていったので、そのデータを掲載しておきます。

ガイガーカウンターはメモリタイプで、10分ごとの平均値を記録するよう設定しています。

羽田空港から函館まで、往路は客室にガイガーカウンターを持ち込んで、復路はガイガーカウンターごと荷物を預けました。

東京も函館も放射線量はあまり変わりませんでしたが、飛行中の放射線量は増えていますね。

GAMMA_2009_10_29_15-22-52_1.jpg

私が持っているガイガーカウンターはサイズが比較的大きいので持ち運びにくいですが、メモリで記録し、そのデータをPCに出力できるので使い方によっては楽しいです。

また日常ではなかなか1μSv/hという数値を超えることはない(通常0.05〜0.20μSv/h)ので、ガイガーカウンターが高い数値を計測できるか良くわかりませんでした。

今回、実測してみて、数値も上がりましたので、故障していないことも確認でき安心しました。

 

元画像:GAMMA_2009_10_29_15-22-52.jpg

詳細データ:GAMMA_2009_10_29_15-22-52.TXT

 

コミケ77

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 2009年12月30日(水)  東京ビッグサイト 東3ホール [オ]-10b
 
参加可能な方は、ぜひ参加してみてください。
きっと人生の転換点になるハズです。
 
ここには、現状の職場にはない高水準のシステムがあります。
最初にこれらの知的体験をした時の驚きを私は忘れられません。
最速で本を出版された著者もいらっしゃいます。
 
詳しい情報は、水素文明への転換を参考にしましょう。
 
危機が迫り来る時代に、歴史の教科書に載るくらい立派なことが
貴方にもできるかもしれません。
 
そのヒントがコミケ77の橘研究所にあるということです。
 

出典:YouTube

 

出典:YouTube 
サイファー(裏切り者):
俺はな、このステーキが存在しないことは知ってるんだよ。口に入れると、マトリックスが俺の脳味噌に、これが肉汁たっぷりで最高に美味いと教えてくれるんだってこともな。9年かかって俺が何を理解したか、アンタ分かるか?
 
サイファー:
無知の至福さ。
 
エージェント・スミス:
では取引成立だな?
 
サイファー:
俺は全部忘れるぞ。全部だ! いいな? それから俺は金持ちになりたいんだ、誰か重要な人間にな。俳優とかよ。できるんだろう、えっ?
 
エージェント・スミス:
何なりと君の望むままだとも、ミスター・レーガン。 
 
 
 
映画『マトリックス』が描く荒廃した現実世界...
どうやったら、あの荒廃した世界を生き抜くことができるだろうか? 
 
サイファーは救世主伝説を信じなくなった時、希望の灯火が消えた。
その瞬間、人として生きることをやめざるをえなかった。
仲間を売り、自ら仮想世界(ここでは目先の快楽)へと逃れようとした。  
 
反対に、ネオは当初、自分が救世主であることを 疑問視していたが、
少しづつ自分の力と救世主伝説を信じるようになっていった。
また、モーフィアスやトリニティといった信頼できる仲間達がいた。
 
希望がなければ、荒廃した現実世界を生き抜くことは難しい。
そして、誰しも一人では生きていけない...信頼のある仲間が必要なのです。
  
一人で真実を叫んだとしても、大衆の前では無力です。
 
 
下記の動画4:40あたりからご覧ください。
※画面に出るコメントを消したい場合は、音量の横のボタンを押して下さい。 
 
皆がそうしているから、マスコミが報道しているから安心というのは、問題があるのかもしれません。
もし、真実を知りたいのであれば、信頼を基礎としたネットワークに参加するべきでしょう。
秋月便りを読み、御蔵に参加すれば、ネオ級の人物にあえるかもしれません。
つまり、思考速度と並列処理が桁外れの超人が存在するということです。
そこには未来への希望が存在します。
 

出典:YouTube

  

私がブログ衆になった理由は、水素文明の縮図がそこにあったからです。

石油文明は中央集権(ピラミッド)型の社会であり、

上からの命令を確実にこなすロボットタイプの人間が重宝されました。

 出典:YouTube

水素文明は、分散化と多様性の世界であり、個性(人間性)の花を咲かせることができます。

何かを発想するのにも、ひとりだけでは限界があります。

多種多様な個性が集まるからこそ、新しい発想も生まれるのではないでしょうか。

1277-hasu-2.jpg写真:2000ピクセル以上のフリー写真素材集

自分のメディア(ブログはその内のひとつ)を持っていることは、暗闇で灯台をもっていることに等しい。

そして灯が強ければ強いほど、影響力をもつことになります。

 

たとえば、仲間を集めて新しいプロジェクトを実行することを考えてみましょう。

ブログで告知すれば、参加希望者を集めることができます。

そして、参加希望者を選抜して、強いチームをつくることができます。

この逆もあります。読者側から誘われるケースです。

 

この仕組みにのれば、能力が高い人はスグに頭角をあらわすでしょう。

人は誰しも有能な人間と組みたいと思うからです。

 

つまり、どんな人でもブログ衆に参加すれば可能性が増えますが、何もしなければ何も起こらないということです。 

また、行動しようと思っている人も、すでに参加されているブログ衆からノウハウや情報を得られるので、一人ではじめるよりも安心です。

 

私は、ブログ衆へ参加する際、初心者にもかかわらず、いきなりサーバーを借り、ドメインを取得し、ブログを起ち上げました。

 勉強にはなりましたが、相乗効果を生み出すことについては弱かったと思います。

なぜなら、ブログは過去文書のアーカイブ(量×質)があればあるほど有利であり、それを蓄積させる時間に対してサーバーを借りるコストがかかるからです。

なにもない初心者がいきなり強固な城をもつためには、実際、かなりの稼働を必要とします。

 

やはり、初心者の方で一番効率がよい方法は、ブログを運営しているブログ衆(城主)の傘下に入って記事を書く(御家人)ことです。

これは城主と御家人の双方にメリットがあります。

 

城主のメリットは、御家人が書いた記事により、ブログの更新速度が上がり、アクセス数が上がることです。有能な御家人が多いほど、より強固な城となるでしょう。

 

御家人のメリットは、見習いとして記事を書いている間、ブログの仕組み(記事の読み方やアクセス解析)に慣れ、城主が切り開いたアクセス数の恩恵をうけて自分の名を知ってもらうことができます。

この間、サーバーのレンタル料金(土地代)はかかりません。

また自分のブログ(城)を起ち上げる際、御家人時代のアーカイブを丸ごと移行すれば、いきなり強固な基盤をもつことができます。

 

さて、ブログ衆に参加する方法ですが、ブログ運営が厳しいという方は、まずは親和性の高いブログ衆にコメントを書いてみてはいかがでしょうか?

ひょっとすると、ブログ衆から仲間として誘いがくるかもしれません。

 

御家人になりたい方は、ブログ衆へコメントを残したり、メールを送信していただければ、御家人として選択される可能性が高くなります。

 

また、既に御家人としての実力があるものの、サーバーを借りる余力がない方は、ブログ衆にサーバーの一部(土地)を借りて、ドメインだけ自分で使用するという方法があります。

ただし、ブログ衆と要相談ですね。

ドメインの取得は、キャンペーン中のムームドメインが安いです。

 

あなたの状況に対して、さまざまな方法があります。

もし興味があれば行動してみるのが一番です。

まずは、勇気を出して、はじめの一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。

ブログ衆の城

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ある社会でいちばん高い建物を見れば、その社会がなにによって動かされているかすぐわかります。中世の町を訪れてごらんなさい。いちばん高いのは聖堂です。十八世紀の町に行ってみれば、そこでいちばん高いのは政治にかかわる建物でしょう。そして現代の都市ではオフィス・ビルー経済生活の中心です。

引用:ジョーゼフ・キャンベル,ビル・モイヤーズ,飛田茂雄訳『神話の力』,早川書房,1992,P.179

 

インターネットの世界でいちばん高い建物に例えられる要素はなんでしょうか?

1つは、アクセス数かもしれませんが、それだけでは世の中は良くなりません。

現在、インターネットは匿名ブロガーがまき散らす『情報のゴミ』でカオス化し酷い状態です。

カオス化した情報で伝言ゲームを行えばどうなるでしょうか?

 

 出典:YouTube

 

そこに待っているのは、誤った情報が入り乱れ、正しい情報を探すだけで疲労し、いざ行動の段階では疲れきって何も手につかなくなった世界です。

考える力を無くした家畜...つまり、敵の思う壷という訳です。

 

これらの動きに対抗し、連山ブログ衆は築城(ブログ構築)をはじめました。

他のブロガーと異なるのは、戦略をもって集団で行動している点です。

まずブログ衆が現在の立ち位置は交地(平成版関ヶ原)です。「交地」とは、敵味方と通行しやすい場所のことです。インターネットのブログは誰でもが発信する事ができますが匿名ブロガーという雑音によりカオス化(混沌)状態が酷くなっています。対策として孫子曰く、通行や連絡を絶たれぬようにすることです。「交地」では守りを固めることです。この場合は毎日発信を心がけ、御蔵やアクセス記録を吟味して、読者に選択される事を心掛ける事です。固定読者が好む連載内容をリサーチし演出する事です。通貨が麻痺すれば人の信用がある人間が選択されます。ネアンデルタールは大脳の言語野や発声器官が発達しておらず家族単位でしか信用社会を構築できませんでした。クロマニョン人は大脳の言語野や発声器官が発達し、家族以外の人々(遠くは数百キロ先)とも交易網を構築する事ができました。これは情報化社会においても、転用可能な歴史です。最初、言語は話し難いものでしたが互いにそれを訓練する事によりそれらは可能となりました。親が話せれば、子は更に上手にその技術をマスターすることができるでしょう。旧人の滅亡に巻き込まれないように最適の健闘を!

引用:ブログ衆と交地

 

 連山ブログ衆は、信頼を重んじるネットワーク(秋月や御蔵)に参加しており、正しい情報と教育、自分と異なる能力をもった方や智識人と知り合う機会を得ています。

これが正しい情報源が絶えない秘密であり、個々のブログ衆が個性を発揮できる理由です。

情報の安定化させるためには勉強が必要ですが、それは精神の安定にもつながります。

 また、ブログ衆として参加すること自体が、情報発信力をつけるという学びの場でもあるので、自分の成長も実感でき、未来に対しても、その能力は生かされるでしょう。

 

ブログ衆は日々、城の守りを固めています。

強固な城が増え、その内容を理解し、参加する人が増えるほど、社会は安定していくでしょう。

アクセス数が増えれば、その城が拠点となり、さまざまな活動が可能となります。

 

いずれにせよ、これだけ混乱が迫っていれば、文句を言っていても何も始まりません。

まずは小さな事でも良いので、自分のできることから行動してみるのはいかがでしょうか?

いろいろな方法はありますが、興味があれば、以下の2点からはじめるのが良いと思います。

 

①親和性の高い連山ブログ衆にコメントを残す。

秋月便りを購読し、御蔵に参加する。

 

築城を希望される方は以下のリンクを参考にしてみてください。

  
ドメイン検索
a
.com .net .info .mobi


 永遠とは、いついつまでも存在するというようなものではない。それはまさに、いま、ここにある。この地上であなたが他者と関わり合う、その経験の中にあるのです。

 私は両親だけでなく、たくさんの友達を亡くしました。でも決して彼らを失ったのではないという確信を、とても強く持つようになりました。私が彼らと一緒にいた瞬間は無限性を持っていて、いまもそれが私と共にあるのです。彼らとの関係が私に与えてくれたもの、それはいまも私と共にある。そしてそこに、不滅性の暗示といったものを感じるのです。

引用:ジョーゼフ・キャンベル,ビル・モイヤーズ,飛田茂雄訳『神話の力』,早川書房,1992,p.396

 

先日、会社の同僚だった友が交通事故で亡くなりました。

クチ下手でしたが、人の話をよく聴く優しい男でした。

いまはもう話すことができませんが、友と過ごした一瞬一瞬は私の中で生きており、誰も消し去ることはできません。

 

人はいつか死ぬ。

だからこそ、友と出会えたことに感謝し、いま・ここにある人との関わりを大事にしようと思います。

 

諸行無常、この一瞬こそ永遠。

 

暗い未来や惨めな過去、栄光の過去と暗い未来の落差に失望し、生きている価値がないと自らの命を落としてしまう人々がいるのは残念なことです。

 

過去や未来は、いま・ここにある一瞬一瞬の積み重ねの産物です。

いま、この瞬間に生命が宿らなければ、どうして明るい未来が生まれるのでしょうか?

そして、人は存在しているだけでも素晴らしい。

あなたは、ひとりで生きているのではなく、仲間の中でも生きているのです。

 

あとは、自分としてどう生きるかだけではないでしょうか?

もし、迷宮入りしてしまった時は、あなた自身のアリアドネの糸を手放さないことです。

 

  

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