私は、物質主義や唯物論自身がその思想全体に、死の萌芽をもっていると思うのです。
なぜなら、それは途中で立ち止まっている思考であり、そのため、人間や世界の真の本質を把握し得ないものだからです。
私は事実、ダーウィンの考えの延長から、特にヘッケルが定義した理論よりレーシズム、すなわち人種主義・人種差別が生まれたのだと思っています。
このレーシズムから、生きるに値しない生命(当時はそう呼ばれていたのですが)の撲滅、強制収容所までは、ほんの一歩なのです。
ちょうど同じことが、マルキシズムでも言えます。それは元来人間を解放する教えとして考えられたのですが、そこから出てきたのは人間を奴隷化する国家形態だったわけです。
これらマルクスやフロイトの全システムは、とどのつまり人間を、その物理的性質から説明しようというものです。
これらはいつも功利観念に落ち着くのです。
引用:ミヒャエル・エンデ ,河邑 厚徳 ,田村 都志夫 訳 『エンデの文明砂漠 ミヒャエル・エンデと文明論 (アインシュタイン・ロマン6)』,日本放送出版協会 ,1991,p.78
人間をモノ扱いすれば、人間性は無意味となり、
結果として、人間自身をこの世から排除することにつながります。
命を落としたり、奪われたりするニュースが多いのも、上記の件と無関係ではないでしょう。
人間牧場 という考えがあるそうです。
もし、それが現実であれば、
私たちの『命の火』をどう燃やすのか、あらためて考えなければなりません。
出典:YouTube

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