仮に、世界が一冊の本だと思ってください。
唯物論とは、いうなれば紙の性質を化学的に調べたり、そこにある文字の数を数えたり、文字間の間隔を正確に計ったりする人間です。さらに製本に使われた糊を調べたり…それはすべて正しいことです。
事実、その本は印刷インキや紙や、表紙からできています。
ただし、それだけが本の本質ではありません。
(中略)
そこにある文字は言葉を意味し、言葉は集まって文章を形成します。
そして文章は、物語り、物語にはそれぞれの意義があります。
(中略)
ですから本が私たちに話しかける言葉を読み取ることを学び、理解することを学ばなくてはいけないと思うのです。
そして、文章から物語を聞き取り、ついにはその物語全体のもつ意義を経験するのです。
これを、私は物事の深い把握と呼びます。
引用:ミヒャエル・エンデ ,河邑 厚徳 ,田村 都志夫 訳 『エンデの文明砂漠 ミヒャエル・エンデと文明論 (アインシュタイン・ロマン6)』,日本放送出版協会 ,1991,p.86
人間は、こころ(精神)と身体(物質)が密接に関わり合って成り立っています。
科学は、これらを分離することで発達してきました。
こころと身体が分離してしまったときは、本物の芸術や神話が再統合してくれるのだと思います。
日本の武道も同様でしょう。

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