キャンベル オルテガ・イ・ガセットは『ドン・キホーテをめぐる省察』のなかで、英雄と環境について語っています。ドン・キホーテは、中世最後の英雄でした。彼は巨人と対決しようと思って馬で出かけた。ところが彼を取り巻く環境は、巨人のかわりに風車を出現させたのです。この物語は、世界を機械論的に見る傾向が生まれたころ作られたものであり、そのため、環境はもはや英雄の精神的な要請に応えるものではなくなっている、とオルテガは指摘しています。今日の英雄は、彼の精神的な要求に応えることなどまるでない、カチカチに固い世界にぶつかっている。
モイヤーズ 風車ですね。
キャンベル そう。しかし、ドン・キホーテは、ちょうど彼がその場に着いたとき、目指す相手だった巨人が魔法使いによって風車に変えられたのだ、と考えることで自分の冒険を救いました。あなたにも同じことができます。詩的想像力を持ち合わせていればね。とにかく、それ以前は、英雄の活動の場は機械論的な世界ではなくて、彼の精神的な意欲に応える生きた世界だった。いまはそれが、さまざまな自然科学や、マルクス主義社会学や、行動心理学によって理解されているような、ごりごりの機械論的世界になっている。おかげで、私たちは刺激に対して予知可能な反応しかしない配線回路にすぎなくなった。十九世紀の世界観は、現代生活から人間の自由意志を絞りだしてしまったのです。
引用:ジョーゼフ・キャンベル,ビル・モイヤーズ,飛田茂雄 訳『神話の力』,早川書房,1992,p.232
工業化社会×ピラミッド型組織で必要とされたのは、命令を確実に実行するロボット型の人間でした。
機械論的世界では、生命感が欠如します。
新興宗教に入ってしまうのも、自殺が後をたたないのも、原因のひとつは生命感の枯渇にあるのかもしれません。
参考:1〜8月の自殺者2万2362人=最悪ペース続く−警察庁
現在も機械論的世界から抜けきったとはいえず、いたるところでその断片を見ることができます。
生命感を取り戻すには、詩的想像力が必要であり、科学だけでは力不足といえます。
そして、機械論的世界に生命力をもたらすこともまた、英雄的行為といえるでしょう。

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