2010年3月アーカイブ

なぜお年寄りは、黒電話(固定電話)は使えて、携帯電話は使えないのか?

 

kurotel01.JPGのサムネール画像

 

最近の携帯電話は機能が沢山ついている、または、黒電話は昔から使っているからという理由もあるかもしれない。

が、携帯電話については『電話をかける』/『電話を受ける』だけでも戸惑うという。

そこで、純粋に黒電話と携帯電話の電話をかける場合の動作について考察してみる。

 

 黒電話で電話をかける際の動作を見てみよう。

 ①受話器を取り、耳にあてる

②電話番号を回す

たった、これだけである。

kurotel02.JPGのサムネール画像

 

黒電話は、受話器を取る/置くという動作とスイッチのON/OFFが自動的に対応している。

受話器を取って話す態勢になった時には、既にスイッチが入っており、逆に終話時は、受話器を置くとスイッチが切れる。

これが仮に受話器をとって、なにかのボタンを押してからの通話/終話となれば、どうだろうか?

さらに受話器を置く部分であるが、置き場の役割と転倒時にも電話が切れないようなデザインになっている。

 

【ダイヤル】

指を入れてまわすことを意図したデザインであり、見た目にもわかりやすい。

ダイヤルが回転して戻る動作は、視覚的にも入力している感覚を得やすい。

 

【受話器】

上下がわかるようにコードは下から出しており、握る部分も受話部も明確なデザインである。

これが受話器の真ん中あたりから、コードがでていたらどうなるだろうか?

ちなみに受話器の部分は、人間工学的にも持ち易く、現在のものとくらべ多少の重量があるかもしれないが、長時間話してもそれほど苦にならない。

 

 

では、携帯電話で電話をかけることを考えてみよう。

①相手の番号を押す。

②通話ボタンを押す。

動作的には、いたって簡単であるが、高齢者の方は混乱することが多い。

 

一つ目の問題は、前回前々回で掲載した多機能リモコンのようなデザインが原因である。

同じようなボタンが羅列しており、見た目にもわかりにくい。

 

二つ目の問題は、①の相手の番号を押す際には、かならず待受画面に戻っている必要がある。

他の画面では、番号ボタンを押しても上手く反応しないのである。

上記の影響で自分がいまどの場所にいるか、何を操作しているのか、わからなくなることがある。

 

 

らくらくホン』に代表される高齢者層向けの携帯電話はボタンの形状を変える等、工夫はしているが、まだまだ改善の余地があると思っている。

例えば、電話をかける際は、黒電話の例に見習い、携帯電話の開閉等と関連付ければよいだろう。

しかし、現在、待受画面など主流となっているインターフェースを変える必要があるので、根幹を残しつつアレンジしていく必要性がある。

確かに黒電話は、今の時代には使わないかもしれないが、デザインとなれば、そこから学ぶ事も多い。

次回は、携帯電話が外見のデザイン重視となったため、使いやすいデザインが劣化している例を記載したいと思う。

(つづく)

 

参考文献:誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論 (新曜社認知科学選書)

 

使いやすくするために、もう一つ考えられるのは、情報を制限することである。

無駄な情報は削ってしまい、その時点で必要な情報だけを表示すれば、人は迷うことはないだろう。

前回のファミコンのコントローラでいえば、使用頻度が少ないスタートボタン・セレクトボタンが他のボタンに比べて小さいのは良い例である。

また、多機能リモコンの場合、使用頻度の低いボタンは隠してしまってもよい。

 

情報の制限という意味で、地下鉄の案内図を見てみよう。

複雑に張り巡らされた地下鉄は複雑で、地下であるため外の景色は見えず、ランドマークもない中、乗り換えを行う乗車客をうまく誘導しなければならない。また、地上と地下との対応づけを行わなければならない。

地下鉄は、乗車客がいる場所によって、適切な情報を与えることによって乗客をうまく誘導している。

 

ホームを降りると、まず以下のような案内図がある。

subway1.jpg

ここで重要なのは、自分がいまどこにいて、目的地へ行くためには、どの方向へ行けばよいのかという情報だ。

また、代表的な建物(ランドマーク)と出口を対応させていることにも注目していただきたい。

 

例えば、自分の向かうべき建物がD2出口だとすると、あとはD2出口だけを目指せばよい。

乗り換えの際は、何線に乗り換えれば良いかだけなので、もっと簡単である。

 

subway2.jpg

 

 歩いていくと、方角指示がある。

先程の案内図で、出口番号を覚えているので、あとはこの表示に従って歩けばよいだけである。

ここでは、ランドマークとの対応はなく、出口番号と路線名の案内しかないことに注目。

 

subway3.jpg

 地上出口に近づくにつれて、ようやく地上地図が現れ、地上との対応づけがなされる。

subway4.jpg

 出口付近の案内図は、最終確認となる。

また、地上に上がれば、出口付近に地上地図が掲示されているので、自分のいる位置を把握しやすい。

もし、地下鉄でホームを降りた際に、いきなり外の地図がでていたらどうだろう。

適切な場所で適切な情報を発信しなければ、人は迷ってしまうだろう。

(つづく)

 

参考文献:誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論 (新曜社認知科学選書)

 

 

2月に所用で京都へ行き、空き時間を使って光明院(波心庭)へ行ってまいりました。

imj_3600a.jpg

出典: 京都を歩くアルバム

 

光明院(波心庭)は、重森三玲さんが作庭された枯山水の庭です。

枯山水は水のない庭のことで、池や遣水などの水を用いずに石や砂などにより山水の風景を表現する庭園様式。例えば白砂や小石を敷いて水面に見立てることが多く、橋が架かっていればその下は水である。石の表面の紋様で水の流れを表現することもある。

出典:Wikipedia

 

東京の都心に住んでいると、自然の音はなく、むしろ色々な意味で騒音が多いのですが、ここは本当に静かで心が安らかになりました。

自然そのものの美しさを体感しているので、BGMのような音楽も必要ありません。

 

西洋文明 の美で思いつくのは、シンメトリー(左右対称)です。

常に中心を意識させるような形状であり、自然界に左右対称のモノが存在しにくいことに対しての、完全性をあらわす意味での美であるように思います。

しかし、日本の美は左右対称でなくても完全な美として成り立っていることに深みと凄みを感じます。

dsd_2707a.jpg出典: 京都を歩くアルバム

さまざまな形や大きさの石が庭に置かれているのですが、それが見事に調和していました。

各部屋から眺める庭の風景も、光と影のコントラストも、絵画のように美しかった。

dsc08622a.jpg

出典: 京都を歩くアルバム

枯山水は抽象的表現だからこそ、自分の内面を映し出す鏡となります。

私は『個性のある石の調和』に、これからの組織や水素エネルギーwebといった水素文明の礎を見た思いがしました。

日本文化の根底にある美意識と水素文明とは深いところで繋がっているのだと思います。

 

近年、拝観するにもマナー違反が多いようで、入口には注意書きがありました。光明院を見れなくなってしまうのは文化的に大きな損失となるので、拝観する方は是非マナーを守ってほしいと思います。

残念ながら私は20分程度しか滞在できず、自分のデジカメで撮影した画像も光明院の美には到底およばず、この記事の掲載を見合わせていたのですが、『 京都を歩くアルバム』の管理人りせ様に写真を提供していただき掲載に至りました。

りせ様、素敵な写真、本当にありがとうございました。

koumyouin.jpg

  

名にまつわる物語は多い。

創世記で神が最初に行ったのは、創造と名前をつけることだった。

初めに、神は天地を創造された。

地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。

神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。

神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、

光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である。

神は言われた。「水の中に大空あれ。水と水を分けよ。」 

神は大空を造り、大空の下と大空の上に水を分けさせられた。そのようになった。

神は大空を天と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第二の日である。

神は言われた。「天の下の水は一つ所に集まれ。乾い た所が現れよ。」そのようになった。

神は乾いた所を地と呼び、水の集まった所を海と呼ばれた

旧約聖書 創世記  第1章より

 

 ゲド戦記では、真(まこと)の名を知れば、竜でさえ従わせることができた。

マトリックスでは、主人公はエージェントに『アンダーソン』という名で生きることを強制されるが、自分は『ネオ』だと名乗る。

千と千尋の神隠しでも、主人公は魔女に『千尋』という真の名前を掌握され、『千』という仮の名を与えられる。そして主人公は、自分の本当の名を思い出すことができなくなる。

 

真の名は、そのものの本質を表すといえる。

真の名を失うことは、自分が本来何者であったか、本当の生き方はどうかを失うことに等しい。

もし千と千尋の主人公のように、自分の本当の名前を失ってしまったら、どうなるだろう。

 

しかし、ネット社会には自らの名を捨て、匿名で暴言や虚言を吐く輩がいるらしい。

匿名の暴言や虚言で作られた言霊は、影のような亡霊となって世界をさまよい歩く。

匿名の亡霊は、ゲド戦記でいう『影』の存在となる。

それを発信した人間も、受信した人間も良い影響がある訳がない。

 

ミヒャエル・エンデ作『はてしない物語』で主人公のバスチアンは、本の中(ファンタジーの世界)に入り込み、世界の様々なモノにその本質をついた新しい名前をつけ、世界を生まれ変わらせた。

死んでしまった生命力に新しい名前をつけることで、再び命を吹き込んだのだ。

エンデはいう。「ほとんどすべての芸術や文学の仕事は、それまで名前をもっていなかった事柄に、名前をつけることなんですよ」

 
水素文明は、死にかけた石油文明を一新させるため、物事の本質を見抜き、いままで分断されていた人々や技術に新しい命を吹き込む。こうして生命力に溢れた新しい文明が誕生するのだ。これこそ真に芸術的な仕事といえるだろう。
 
出典:YouTube
 
 

 外出時に携帯電話の電池が少なくなってしまい、携帯電話を使用したいのにもかかわらず、使用を制限せざるをえなかった経験はないでしょうか?

その対策として、電池の知識とオプション品を紹介しておきます。

(私はドコモの携帯電話を使用しているため、ドコモの紹介となってしまいます。auやsoftbankをご存知の方がいらっしゃったら教えてください。)

 

電池消耗の基礎知識として、電波が弱いところ(圏外もしくはアンテナが起ちにくい場所)では電池の消耗が激しくなるので注意しましょう。なぜなら、携帯電話は電波の弱い場所では、電波をさらにキャッチしようとするため、電力を消費してしまうためです。

※携帯電話は電源が入っていれば、何もしていなくても常に通信を行っています。いつでも着信できるのはそのためです。

 

圏外のところでは電源を切っておこう…しかし、電源を切ってしまえば、カメラで静止画や動画が撮影できなくなってしまいます。

そんな時はセルフモードを設定しましょう。セルフモードは電源は入っていても、通信は行わないモードです。多少は電池の持ちを長引かせることができるかもしれません。

設定するとアンテナマークの部分が『SELF』というマークに変わります。

 

また、電池自体は、充電すればするほど劣化していきます。また、充電しながら携帯電話を使うのは、電池に負荷がかかるので劣化を早めます。

劣化した電池(使用時間が短くなった電池)については交換しておくのがよいでしょう。

 機種によって異なりますが、電池パックは1個1,470円(税込)程度です。

※中には電池パックの値段が高い機種があるので注意。またauやsoftbankは電池の値段が異なります。

 

 電池自体を余分に買って、1個予備で持ち歩くという手もあります。

しかし、この方法だと、電池パックを充電するたびに携帯電話本体の裏フタを開けて電池を交換しなければならないので、多少の手間がかかります。

そこで補助充電アダプタという商品が発売されています。

ACアダプタを使い、補助充電アダプタに充電しておき、外出時、補助充電アダプタを持ち歩きます。

携帯本体の電池がなくなった際は、補助充電アダプタから携帯本体に充電をする(フル充電1回分)という商品です。

hojojuden.jpgFOMA 補助充電アダプタ 01 価格2,100円(税込)※movaは非対応

※対応機種など詳細はドコモのサイトで確認してください。

アマゾンや楽天で補助充電アダプタ を検索しましたが、いまだに2,100円以上の価格で販売しているところもありましたので、購入を検討する際にはご注意ください。

 

【オトク情報】

ドコモプレミアクラブ(無料)に加入していれば、電池パック安心サポートというサービスで、「電池パック」または「FOMA 補助充電アダプタ 01」が安く手に入るかもしれません。

現在使用している機種を購入してからの経過期間が

①1年以上経過→ドコモポイント500ポイント(525円分)と交換。

②2年以上経過→無料でプレゼント

※詳細はコチラで確認。

電池パックが1,470円(税込)、FOMA 補助充電アダプタ 01が2,100円(税込)なので、

両方欲しい方は、電池パック安心サポートでFOMA 補助充電アダプタ 01を手に入れて、電池パックは購入してしまうのがオトクです。

 

 

補足ですが、市販の補助充電アダプタや乾電池充電器はあまり使わないほうが得策です。

電池パックにロックがかかり電源が入らなくなったり、本体を壊してしまう可能性が高いそうです。

 

細かいことは、お近くのドコモショップへ問い合わせるのが一番早いかもしれません。

 

陸戦隊のUTOさんが携帯電話からYouTubeに動画をアップロードする方法を記事にしてくださっています。

外でのイベント撮影に活躍しそうですね!

同じようなボタンが複数ある多機能リモコンは、使いやすいデザインといえるだろうか?

同じ形状のボタンに違う機能を割り当てて、人は直観で操作できるだろうか?

リモコンをはじめ、ケータイ電話、パソコン等、同じようなボタンが並ぶ操作機器は多い。

多機能になればなるほど、複雑な操作が要求されるため、より工夫が必要となるだろう。

工夫として、まず考えられるのは、スタンダードな操作方法を取り入れることだ。

人には慣れというものがあり、また様々な製品には代表的な操作方法というものがある。

その代表的な操作方法をふまえ、操作に一貫性を持たせることで、同じ形状のボタンに対しても操作性は多少なりとも向上するハズである 

シンプルな例を用いるため、前回と同様、 ファミリーコンピュータ(以下、ファミコン)のコントローラと操作方法を見てみよう。

famicom.jpgファミコンのコントローラは十字キーとAボタン、Bボタン、スタートボタン、セレクトボタンで構成されている。いまのゲーム機に比べ、とてもシンプルである。

ゲームに使うのは主に十字キーとAボタン、Bボタン。

十字キーは上下左右と方向を意識させるには適切なデザインであり、Aボタン、Bボタンに形状の違いは無い。

 

ファミコンが発売した当初は、A・Bボタンの割当に関しては、ゲーム制作者が任意で決められた。(正確にいえば、前例がないため、任意で決めるしかなかった)

しかし、スーパーマリオ発売以降は、アクションゲームはAボタンが『ジャンプ』だと暗黙の了解ができた。

スーパーマリオは世界一売れたゲームとしてギネスブックに登録されている。多くの人が遊んだ操作方法がスタンダードとなったのも不思議な話ではない。

また、ドラゴンクエスト等に代表されるコマンド選択式のゲームでは、Aボタンが『決定』で、Bボタンが『キャンセル』と決まっている。

AボタンとBボタンに逆の役割を与えれば、操作性が悪くなることが容易に想像がつく。

 

このように、スタンダードな操作方法を取り入れる、そして操作に一貫性を持たせることで、経験上、感覚的な対応ができるようになる。

(つづく) 

 

参考文献:誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論 (新曜社認知科学選書)

 

人に行動を促す原理を上手く利用しているもののひとつにゲームがある。

まだゲームが出たての頃は、ゲームのキャラクターは記号に近く、その記号が発する情報を元にプレイヤーが行動していた。

初期のゲームは、グラフィックもシンプルでわかりやすいため、初代スーパーマリオ(ファミコン版)を考えてみる。

出典:YouTube

①レンガブロックは破壊することができるが、それ以外のブロックは破壊できない。(※スーパーマリオ時)

②マップ上にある土管の中に入ることができる。(動画0:15)

③地下画面では屋根裏に登ることができる。(動画1:19)

④ツル(豆の木)が伸びて、そこを登ることができる。(動画2:40)

 

プレイヤーに対して、レンガは壊れるのではないか、土管にはいれるのではないかとイメージさせる。

少しのスペースが空いていれば、そこに行けるのではないかとイメージさせ、ツルが伸びればジャックと豆の木を連想させ、登れるのではないかとイメージさせる。

たとえば、これらが全く違う記号だったらどうなるだろう。

レンガブロックが鋼鉄の絵柄だったら、土管が通常の地面と同じ絵柄だったら、ツルではなく滝のように上から水が落ちる絵柄だったら...

おそらくプレイヤーは行動に移さないだろう。

これがゲームにおける謎解きや裏技的な発想の元であり、そのバランスが適度であれば、プレイヤーは発見した喜びを感じることができる。

※任天堂のゲームは、こういった謎を作るのが上手い。ゼルダの伝説でも、こういった謎掛けが多いのでアフォーダンスの視点から参考になる部分が多いと思う。

 

 ゲーム上の謎をどう匂わせるか、という部分と、操作がしやすいデザインとは一見すると内容が異なるように見えるが、説明書がなく記号やデザインでイメージさせるという部分では共通点が多い。

プレイヤーに適度な視覚情報を与え、できることとできないことを醸し出す。

これが、感覚的にわかりやすいデザインをする上で重要な点である。

(つづく)

参考文献:誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論 (新曜社認知科学選書) 

 

 

あるモノに対して、人が共通した行動をしてしまうということは多々ある。

適度な段差があれば椅子代わりに座ってしまうのもその一例だろう。

そのような経験上の行動を利用するという方法がある。

 

電車の横並びの座席には、人がキチンと座れるような工夫がしてあるのをご存知だろうか。

この工夫がされるまでは、7人掛けの席に人が5〜6人程度しか座れなかったそうだ。

以下にその方法を記載する。

 

【座席】

◯◯◯◯◯◯◯

※◯は空席、●は人が座っていると考える。

 

人は、まず一番端の席を取って座ろうとする性質があるので、まず先に埋まるのは両端の座席である。

●◯◯◯◯◯●

 

次に、人は中央あたり(▽部分)、実際は両端から離れた位置に座ろうとする。

●◯▽▽▽◯●

 

この3人目に座る人がキーポイントとなる。

つまり、この人が正確な中央を認識できれば7人掛けとなり、

●◯◯●◯◯●

逆に中途半端な位置に座れば7人座れなくなってしまう。

 

そこで、この真ん中の席の色だけ変えた。

すると、人が真ん中の席を自然と認識し、7人掛けが機能するようになったそうだ。

これだけシンプルな対策で、自然な誘導を促すので、最初に考えた方は素晴らしいと思う。

※最近の電車は豪華で4人と3人の部分に切れ目が入り、手すりのようなポールが立っていたり、一個一個の席に切れ目が入っていたり、マークがあったりする。

 

このように人の自然な動きに合わせて、デザインをすることにより、自然と本来の機能を生かすことができる。

 

ドアや引き戸の違いなども、いい例である。

ドアノブは握って回すという形状であり、引き戸の取っ手は横にスライドするのを促すデザインである。

もし、引き戸にもかかわらずドアノブが付いていれば、下記の動画のようになってしまう。

 

※3:37あたりをご覧ください。

出典:YouTube

(つづく)

 

参考文献:誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論 (新曜社認知科学選書)

 

 使いやすいデザインとは、一体どのようなものなのか?

新しい文明には、新しい製品がつきものということなので、アフォーダンスという視点から使いやすいデザインを考察してみる。

 

人間が機械に合わせて操作するよりも、機械が人間に合わせて操作できるほうが、よりスマートだろう。少子高齢化時代ならなおさらである。

しかし、家電などに多いのだが、デザイン重視で使い勝ってがボロボロという製品をいまでも目にする。

当然、そのような製品には操作ミスがつきもので、イライラ感を募らせるのだが、これがケータイ電話のような機器であればまだマシで、例えば原子力発電所のようなところに人間の操作ミスを促すような製品があったのでは、笑い事では済まされない。

使いやすさに限っていえば、直観的に使いこなせる、究極的には説明書が全くなくても操作できる製品が優秀となるだろう。 

下記のロボットの戦いをご覧ください。

出典:YouTube

 

当時は、車のハンドルでロボットを動かすという斬新なアイデアに度肝を抜かれた。

しかし、一体どうやって操作すれば良いのだろう?

下記のように比較して考えると、ハンドルは車の操作にとって解り易いデザインで、ロボットの操作には不向きなことがわかる。

①ハンドルを左にまわせば、車が左に動く。

②ハンドルを左にまわせば、ロボットが敵の攻撃を手で防ぐ(もしくはモノを掴んで投げる)

 

①のように操作(入力)と現実へのフィードバックが正しく対応していれば直観的に操作ができる。

②は、操作(入力)の動きとフィードバックがバラバラなので対応させにくい。

こういった操作系の対応がうまくいっていないケースを探すのは難しいことではない。

操作系の周りに注意書きやメモを貼っているのを見かけたら、上記の対応がうまくいっていない証拠である。

私達が自然に操作している水道の蛇口やドアノブもこのような対応を生かしたデザインを使用している。

(つづく)

参考文献:誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論 (新曜社認知科学選書)

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