ミヒャエル・エンデの最近のブログ記事

麻薬汚染にインフルエンザ、地震、水害、恐慌...

平穏な時代は都心の生活が便利ですが、コトが起これば状況は一変します。

人数が多いほど生死をかけたサバイバルとなるかもしれません。

阪神淡路大震災が起こった当日、乾電池を1000円で売っていた店があったといいます。

その精神構造は『平成のマスク騒動』と全く同じです。

将来待ち受けている問題の多さにウンザリしている方は、COMITIA89が闇を照らす希望の光となるでしょう。

なぜ「希望」が超自然的徳に属すのでしょうか。それは人は「希望」を、物事が、そうであるにもかかわらずもっているからです。

これから人間を待ち受ける問題の多さを思うと、ともすれば私たちは勇気を失います。

しかし、「希望」は「物事がそうだから」もつものではなく、「物事がそうであるのにもかかわらず」もつものなのです。

それは、言葉をかえて言えば、単なる物質的観念や現世的観念を超えたものの存在なしには、つまり世界の意義観念や人間の意義観念なしには「希望」をもつことはできないということです。

引用:ミヒャエル・エンデ ,河邑 厚徳 ,田村 都志夫 訳 『エンデの文明砂漠 ミヒャエル・エンデと文明論 (アインシュタイン・ロマン6)』,日本放送出版協会 ,1991,p.22

暗黒の時、それは大きな変化が可能であるという真実のメッセージがいまにも来るという時です。

最も暗い時にこそ光がやってくるのです。

引用:ジョーゼフ・キャンベル,ビル・モイヤーズ,飛田茂雄 訳『神話の力』,早川書房,1992,p.87

 

阪神淡路大震災の時も多くの人々が助け合って生き延びました。

(参考:21世紀サバイバル・バイブル :タカニシさんのコメント

8/23のCOMITIA89には、各方面から多数のブログ衆と智識人が集結します。

ここには価格の吊り上げや買い占めなど存在しません。

なぜなら、余剰を分け合う分散型のシステムが水素文明だからです。

お金ではなく信頼が第一ですから安心してください。

教育における革命がよき道しるべとなるハズです。

 

また、ガイガーカウンターを持っている方も、ぜひ会場へ。

ガイガーカウンターは、一人で持っているよりも、集団で運用する方が楽しく効果的ではないでしょうか。

当日は私も愛機のGAMMA-SCOUT®を持って、会場へ向かいます。

Comitia89 (2009/08/23(日) 11:00-15:00 東京ビッグサイト 西1ホール
[橘研究所] スペースNo. な15b 
詳しい情報 

 

出撃イメージ/ 出典:YouTube

 

 仮に、世界が一冊の本だと思ってください。

唯物論とは、いうなれば紙の性質を化学的に調べたり、そこにある文字の数を数えたり、文字間の間隔を正確に計ったりする人間です。さらに製本に使われた糊を調べたり…それはすべて正しいことです。

事実、その本は印刷インキや紙や、表紙からできています。

ただし、それだけが本の本質ではありません。

(中略)

そこにある文字は言葉を意味し、言葉は集まって文章を形成します。

そして文章は、物語り、物語にはそれぞれの意義があります。

(中略)

ですから本が私たちに話しかける言葉を読み取ることを学び、理解することを学ばなくてはいけないと思うのです。

そして、文章から物語を聞き取り、ついにはその物語全体のもつ意義を経験するのです。

これを、私は物事の深い把握と呼びます。

引用:ミヒャエル・エンデ ,河邑 厚徳 ,田村 都志夫 訳 『エンデの文明砂漠 ミヒャエル・エンデと文明論 (アインシュタイン・ロマン6)』,日本放送出版協会 ,1991,p.86 

 

人間は、こころ(精神)と身体(物質)が密接に関わり合って成り立っています。

科学は、これらを分離することで発達してきました。

こころと身体が分離してしまったときは、本物の芸術や神話が再統合してくれるのだと思います。

日本の武道も同様でしょう。

 

 

ミヒャエル・エンデの文明論 目次

 ただ光だけからなる世界は、ただ暗闇だけからなる世界と同じように、見ることも知覚することもできません。

人間が知覚できる世界とは、光と闇が混ざり合った世界です。私たちが見る色彩も、光と影がある決まった形で混ざることによって生まれるのです。仮に明るく光り輝く世界を想像したとしても、それが想像できるのは、そこに影があるからです。

引用:ミヒャエル・エンデ ,河邑 厚徳 ,田村 都志夫 訳 『エンデの文明砂漠 ミヒャエル・エンデと文明論 (アインシュタイン・ロマン6)』,日本放送出版協会 ,1991,p.164

 

 出典:Total Solar Eclipse Ceduna 2002-YouTube

 

 

暗闇が増せば、かすかな光も輝きを増します。

 

水素文明に光を感じたこと、

暗闇の時代にたとえわずかだったとしても自ら光を発したい、

同じ意志(光)をもった人と協力して新しい未来をつくりたい、

そういった様々な意味を込めて、このブログ『確かな光』が生まれました。

 

ただし、光と闇を分離した単純な二元論ではなく、全体性(陰陽)を見れるようになりたいと思っています。

このブログのデザイン…タイトルの背景が黒く、文字を白くしたのは、そのためです。

 

上記は、過去の皆既日食の映像です。

初日の出や御来光を見た時の感覚に近いですが、

それよりももっと強い『新しい時代の幕開け』をイメージしてしまうのは私だけでしょうか?

 

※今回の皆既日食の映像がアップされたら、ブログを更新したいと思います。

確かに、人々は進歩が継続し、ますます幸福になるという気持ちでいるようです。

コマーシャルや現代文明のあらゆる手段によって、そのように言い聞かされてもいます。

人々は、本当はますます貧しくなる一方であって、内なるものは空になり、最後には自分たちの内なる世界の荒廃(砂漠化)を進めていることにまるで気づいていません。

引用:ミヒャエル・エンデ ,河邑 厚徳 ,田村 都志夫 訳 『エンデの文明砂漠 ミヒャエル・エンデと文明論 (アインシュタイン・ロマン6)』,日本放送出版協会 ,1991,p.52

 

エンデは、「ある中央ヨーロッパ先住民の思い」というエッセイの冒頭で、G・ビューヒナー「ヴォイツェック」をとりあげています。

むかしむかし、あるところに哀れな子供がいました。おとうさんもおかあさんもなく、みんな死に絶え、この世界にはもうだれもいません。みんな死んだので、この子供は出かけて行き、昼も夜も捜しました。この地上にはもう一人たりともいないので、天に行こうと思いました。月はこの子をやさしく見つめていました。やっとの思いで月に着いてみると、それは腐った板切れでした。それで太陽に行きました。太陽についてみると、それは枯れたヒマワリでした。それで、星に着いてみると、星は小さな金色の蚊でした。百舌(もず)が麟木に刺すように、ピンで刺されて、いました。再び地球に帰りたいと思ったときには、地球はひっくり返った壷になっていました。それで、この子供はまったく一人ぼっちになってしまい、そこに座りこむと、泣き出しました。今もまだそこに座ったまま、まるで一人ぼっちなのです。

G・ビューヒナー「ヴォイツェック」より

 

ヤノベケンジのアトムスーツプロジェクトで、チェルノブイリ原発事故後にゴーストタウンとなった街の写真をみることができます。

廃墟になった遊園地、保育園を見たとき、私は「文明砂漠そのものじゃないか」と思いました。

こんな世界で生きていくのは、子供に限らず、大人にとっても厳しい。

 

そういう思想体系に生きているのですから、『こころの砂漠化』と『環境の砂漠化』が起こるのも不思議ではありません。

それが炭素文明や工業化社会の裏の顔であり、いきつくところは人間のロボット化です。

 

 出典:YouTube

 

 砂漠の緑化に興味がある方は、水素文明を調べてみて下さい。

きっと何かを感じるハズです。

 私は、物質主義や唯物論自身がその思想全体に、死の萌芽をもっていると思うのです。

なぜなら、それは途中で立ち止まっている思考であり、そのため、人間や世界の真の本質を把握し得ないものだからです。

私は事実、ダーウィンの考えの延長から、特にヘッケルが定義した理論よりレーシズム、すなわち人種主義・人種差別が生まれたのだと思っています。

このレーシズムから、生きるに値しない生命(当時はそう呼ばれていたのですが)の撲滅、強制収容所までは、ほんの一歩なのです。

 ちょうど同じことが、マルキシズムでも言えます。それは元来人間を解放する教えとして考えられたのですが、そこから出てきたのは人間を奴隷化する国家形態だったわけです。

これらマルクスやフロイトの全システムは、とどのつまり人間を、その物理的性質から説明しようというものです。

これらはいつも功利観念に落ち着くのです。

引用:ミヒャエル・エンデ ,河邑 厚徳 ,田村 都志夫 訳 『エンデの文明砂漠 ミヒャエル・エンデと文明論 (アインシュタイン・ロマン6)』,日本放送出版協会 ,1991,p.78

 

人間をモノ扱いすれば、人間性は無意味となり、

結果として、人間自身をこの世から排除することにつながります。

命を落としたり、奪われたりするニュースが多いのも、上記の件と無関係ではないでしょう。

人間牧場 という考えがあるそうです。

もし、それが現実であれば、

私たちの『命の火』をどう燃やすのか、あらためて考えなければなりません。

 

出典:YouTube

 

 

ミヒャエル・エンデの文明論 目次

ある日、聖フランシスコが庭でニンジンを植えていると、そこへ通りかかった旅人が尋ねました。
「フランシスコさま、もし明日世界がなくなるとわかっていたら、おまえさまはどうするかね?」
 
「わたしはこのまま植え続けるでしょう」そうフランシスコは答えました。
 
 私がこの話で言おうとしたのは、変革する時期がまだあるのかと思案することはまったくの暇つぶしにすぎないということです。
私たちは、いつ、時が十二時を告げたのか知ることができないのです。
それは、二十年後かもしれないし、百年後かもしれません。
ただ、私たちは可能なことを、今ただちにはじめなくてはなりません。 
 
引用:ミヒャエル・エンデ ,河邑 厚徳 ,田村 都志夫 訳 『エンデの文明砂漠 ミヒャエル・エンデと文明論 (アインシュタイン・ロマン6)』,日本放送出版協会 ,1991,p.26
 
私は企画チームに所属しています。
世界は激動の時代へ突入しました。
 
目先のことで手一杯となる前に
webやゲームのプログラム、ブログ、音楽、小説、漫画、イラストなど、
水素文明の智慧を生かした、
貴方にしかできない作品を一緒につくりませんか。
 

出典:YouTube
 
 
皆既日食まで、あと22日。
 
 
 

 私の見るところ、悪のすべてのルーツは現在の私たちのお金のシステムと、実際の経済システムとの不調和にあります。

(中略)

私たちは、現実の経済および工業生産が、つねに成長し続けるように強制することがないお金のシステムを得なければなりません。

現状の経済が、つねに成長し続けること、しかも毎年3〜4%の成長率があってこそのみ存在し得るものであるということは、私にはほとんど信じ難いことです。

この世に際限なく成長し続けるものは何もありません、癌を除けば。

癌は患者が死ぬまで成長し続けます。

私は、今のお金のシステムに、人体の癌に似たものがあるような気がするのです。

つまり成長の強制です。

私たちは、皆がよい生活をでき、しかしそれ以上ではないお金のシステムを実現すべきです。

成長の強制は資本主義経済の一つの結果です。

引用:ミヒャエル・エンデ ,河邑 厚徳 ,田村 都志夫 訳 『エンデの文明砂漠 ミヒャエル・エンデと文明論 (アインシュタイン・ロマン6)』,日本放送出版協会 ,1991,p.16

 

資本主義で成功するためには、加速しつづけるメリーゴーランドに乗り続けることです。

振り落とされてはいけません。

最終的に人類に及ぼす結果など考えている暇はないので、

とりあえず目先のお金のことさえ考えればいいのです。

お金があれば、ほとんどの欲望は叶うのですから。

 

こういった思想は長続きしないハズです。

自然環境も、人間の精神も、そろそろ限界ではないでしょうか?

 過去に比べて、生活の時間を短縮する機械(洗濯機・車・パソコン)が

増えたにもかかわらず、何故こんなに忙しくて時間がないのか。

人間らしさとはなにか?

 

 音楽*Radiohead - No Surprises

 

いまは水素文明の黎明期です。

時間がありません。

余力がある方は動けるうちに動いておきましょう。

 

 

ミヒャエル・エンデの文明論 目次

 子供たちに希望に満ちた、生き生きとした未来像を与えるのは、大人たちの責任だと思います。

どうしたらよいとお考えですか。

 

【エンデ】

子供たちの問題を真剣に受け止めることです。

これからもすべてが今までのように続いていくと惰性的に考えてはいけません。

例えば、フロンガスがオゾン層を破壊することは皆知っています。

同じことが私たちが使っている冷蔵庫にも言えます。そこでも同じガスが使われています。

それにもかかわらず、少なくとも冷蔵庫を粗大ゴミにするときには、今までと同じように単にプレスするだけです。

ガスは大気中に逃げてしまいます。

 

なぜでしょうか。そうしないとコストが高くなるからです。

採算が合わないという経済的な要因が、さまざまな局面に出てくるのです。

しかし、私たちにできることは、この子供たちの救いを求める声に応える以外にはありません。

 

引用:ミヒャエル・エンデ ,河邑 厚徳 ,田村 都志夫 訳 『エンデの文明砂漠 ミヒャエル・エンデと文明論 (アインシュタイン・ロマン6)』,日本放送出版協会 ,1991,p.16

 

環境問題とコストは密接に関わっています。

さらに利権もからみ、問題を難しくしています。

未来に対して危機感をいだいている方は、秋月だよりを購読してみてください。

 

 

ミヒャエル・エンデの文明論 目次

エンデさんが言われた第三次世界大戦では、子供たちは何の武器も持っていません。

時間の戦争でもあるとおっしゃいましたが、なぜこのような危機を戦争というように考えられるのでしょうか。

 

【エンデ】

 私たちの子孫の生きる空間を文字どおり奪うからです。

私たちは大地を破壊し、空気を汚染し、河川・海を荒廃させます。

この先、何千年も足りるであろう資源を無意味に消費しています。

私たち自身の子供や孫を生きづらくしているのです。

将来、彼らが地球上で生きることは、とても困難になるでしょう。

 

 ドイツで実施された四千人の自動を対象としたアンケートを読んだことがあります。

そこでの子供たちへの問いは、自分たちの未来をどのように想像するか、ということでした。

子供たちの答えは、私を震撼させました。

子供たちが自分たちを待ち受けている未来をなんとはっきり意識していることか!

その未来像は、例えば地下室や地下鉄の構内でなければ生きることができず、太陽の下にでられない。

(中略)

子供たちは部分的に砂漠化した地域が出てくることを知っているのです。

 

引用:ミヒャエル・エンデ ,河邑 厚徳 ,田村 都志夫 訳 『エンデの文明砂漠 ミヒャエル・エンデと文明論 (アインシュタイン・ロマン6)』,日本放送出版協会 ,1991,p.15

 

アインシュタインロマンは、もともとはNHKで放映された番組でした。

18年前、この番組や本を見て感銘を受けた方も多かったのではないでしょうか。

しかし、正直なところ、当時の私は何をしてよいのか全くわかりませんでした。

 

そして現在、未来に対しての戦いを始めた人たちがいます。

興味がある方は、秋月だよりを購読してみてください。

 

ミヒャエル・エンデの文明論 目次

私はもう第三次世界大戦は、はじまっていると思うのです。

ただ私たちがそれに気づかないだけです。

なぜならこの戦争は、従来のように領土を対象とする戦争ではなくて、時間の戦争だからです。

それは私たちの子供や、子孫を破滅させる戦争です。

私の考えでは、これはとてもシリアスな問題です。

(中略)

この危機の最も大きな問題は、私たちは見えない危機に対応しなければならないということです。

(中略)

まだ知覚することができず、しかし、必ずやってくることだけがわかっている危機に対応しなければならないのです。

これが、この問題を特に難しくしているのです。

なぜなら、ほとんどの人は

「とりあえずは、待ってみよう。きっと窮地を救ってくれるものが発明されるさ。

それに十年、二十年後には科学がもっと発達して、人工のオゾン層が作れるようになるだろう」

といったようなことを思っているからです。

でも、それは幻想にすぎません。

私たちは、意識を変えることで、まだ見えない危機に対応できるようにならなければなりません。

この危機が見えたときには、すでにもう手遅れなんですから。

引用:ミヒャエル・エンデ ,河邑 厚徳 ,田村 都志夫 訳 『エンデの文明砂漠 ミヒャエル・エンデと文明論 (アインシュタイン・ロマン6)』,日本放送出版協会 ,1991,p.13

 

『アインシュタインロマン6』は1991年12月25日に発行されました。

時代背景上、オゾン層の問題がメインになっていますが、

これを原発に置き換えても問題の構造は全く同じです。

 

 ミヒャエル・エンデの文明論 目次

2010年8月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のコメント

QRcode

 
Powered by Movable Type 4.26